【書評】「喫茶の一族」京都・六曜社三代記

喫茶店でお茶したくなる本。
京都の河原町三条交差点あたりにある喫茶店「六曜社」。

京都で過ごした学生時代に、妖しげな店名に好奇心が引っ張られて入店しました。コーヒーを飲みながら本を読んで、1時間くらい過ごしたかな。当時の僕にとって六曜社は純喫茶にしか見えなくて、少し背伸びする気持ちで入店したのに、座ってコーヒーを飲み始めると落ち着いて、時間がゆっくりに感じた。

ただただ消費的にコーヒーを飲んでいた学生時代。大学に入るまではインスタントコーヒーか缶コーヒーくらいしか飲んだことがなかった。初めて入ったチェーン店のカフェのコーヒーが、当時の僕にはびっくりするくらい美味しくて、いろんなカフェに行ってみたいと思った。カフェに興味を持った者に対して、京都はうってつけの場所だった。京都市内の下宿先から自転車に乗れば、いくらでも名店に行けた。

その1つが六曜社だった。上述したように、妖しげな店名と入り口の佇まい。しかし店内はずっと座っていたくなるような居心地の良さ。そしてコーヒーが果てしなくうまかった。そんな記憶は印象深く頭に残っていて、たまたまこの本を見つけた時は「あの六曜社が本を出したのか」と衝動買いした。

六曜社は、敗戦直後に満州で出会った奥野夫妻が立ち上げた喫茶店。本書が出版されたのは創業70周年となる2020年。70年間、六曜社は家族三代に渡って運営されてきた。僕の記憶に深く残る六曜社の空間は、奥野家の家族が積み重ねてきた時間と態度の上に成り立っている。

居心地の良い空間づくりへのこだわり。コーヒーの味、焙煎へのこだわり。客と客をつなぐ関係づくりへのこだわり。そんな六曜社の空間は家族の場でもあり、五感から醸される生活空間が「こだわり」三代に渡って伝えていく。

成功も失敗も1つの文脈として成立する場づくり。本書では数々の失敗や経営難、お家騒動的な要素も含めて赤裸々に語られている。それでも六曜社は、70年という時の積み重ねと際限ない未来という大きな文脈の中で、今も京都で成り立っている。

ああ。また行こう。六曜社。

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